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藤田東吾の裏
藤田東吾は高校卒業後2年間の浪人生活を経て明治学院大学法学部に入学しました。1年留年。USENの宇野康秀は同時期の学院生。大学を卒業後、学生時代から在籍していたポパイのエディター/プロデューサーの山本コテツと株式会社コンセプチュアルデザイン研究所の起業運営に参加しました。同じく、財団法人流通経済研究所でもマーケティングの研究生として在籍した。その後、佐々木ベジが率いるフリージアグループに就職し修行しました。1997年、藤田東吾はイーホームズ株式会社の前身となる造園業の会社を興した。1999年に建築基準法が改正されたため、現在の確認検査機関イーホームズを興した。
2005年10月25日にイーホームズでの協議でヒューザーの常務が出席し構造計算書の偽装について伝えた。その2日後のヒューザーでの協議では同社の代表取締役社長の小嶋進に偽装の発表をとめられたと主張しました。(2005年11月29日の衆議院国土交通委員会による参考人招致より)。また、この参考人招致で藤田東吾が10月25日の出来事を述べたところ、ヒューザー小嶋社長から「何言ってんだよ。ふざけんじゃねえぞ!!本当に!この野郎」と恫喝された。
イーホームズ社で2700万円の架空増資を行なっていた疑惑が浮上し、公正証書原本不実記載の容疑で2006年4月26日に逮捕された。初公判では起訴事実を全面的に認めたが、架空増資と耐震強度偽装を結びつけるのはおかしいと主張し。2006年10月19日、東京地裁から懲役1年6ヶ月、執行猶予3年の有罪判決を言い渡されました。また地裁は、起訴事実である架空増資と偽装を見逃したこととの関連付けは不透明として、藤田社長の主張を認めた。これについて藤田社長は公判後の会見で、「自身の主張が認められた」として控訴しない方針を示し、「偽装をしやすいような大臣認定プログラムが悪い」「事件の真実を語った本を出す」「なんでイーホームズが悪いのか?」などと国や報道を批判しました。
また、耐震偽装事件が混乱した理由は、一部の官僚と政治家が、ヒューザーだけでなく、APAグループの偽装マンションを隠蔽するためだと指摘した。APAグループのマンションは工事を止めたが、藤田東吾が「川崎市と国土交通省が藤光建設と通謀して偽装を隠蔽した」とするマンション、「エグゼプリュート大師駅前」が住民に引き渡される直前であることを判決後に知しました。
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